言語文化研究科 英語・英語教育専攻

准教授

大矢 政徳 Oya Masanori

語彙機能文法について

私の専門分野の一つは、語彙機能文法(Lexical-Functional Grammar, 以下LFG)です。LFGとはJoan BresnanとRonald Kaplanによって創られた文法理論で、単文全体の統語構造構築に重要なのはその単文中の個々の単語が持っている情報である、と想定しています。単語の情報が、一つひとつ句構造木に沿って組み合わされ、最終的に単文全体の情報が統合されるというイメージです。単文が文法的に正しいかどうかを決定するのは、主動詞が必要とする要素がすべて単文中に揃っているか(完全性)、主動詞が必要とする要素以外のものが単文中にないか(結束性)、そして単文中の要素どうしに矛盾はないか(一貫性)、といった適格性条件によります。比較的自由な語順を持つ言語にも柔軟に対応するLFGは、計算機とも親和性が高く、多言語を計算機で処理する際の理論的基礎としても利用されています。

英語教育について

もう一つの専門分野は英語教育です。LFGと英語教育とは全くかけ離れているようにも見えますが、その背景には私が大学院で受けた教育があります。私が大学院生として在籍していた大学では、さまざまな英語教育改革が私の論文指導教授によって展開されていました。少人数で英語コミュニケーション能力の向上を図るチュートリアル英語、テレビ会議システムを通じて海外の著名な研究者の講義を日本にいながらにして受講できる遠隔授業、そして海外の大学生とテキストまたは音声チャットシステムを通じて議論を深める異文化交流実践講座。新しく、多様な教育実践に、他のゼミ生も含めて私も参加しました。
それらは一見、理論的研究とは無縁の教育実践であるように思われるかもしれません。しかし現在、それらの実践的活動は決してLFGの理念とは無関係ではなかったと考えています。むしろ、LFGも、それ以外の教育実践活動も、共通した世界観に立脚している、とすら考えています。互いに無関係であるように見える活動も、別のレベルでは矛盾していない。それらはすべて必要不可欠であり、無駄なものは何もない。まさに、LFGにおける単文の適格性条件と同じです。さまざまな教育実践を通じて、統語理論という一見狭い理論的枠組みの背後にある深い世界観についての理解を深める機会を得ること―それは一人机に座って理論的考察を深めているばかりでは決して得ることはできなかったことでしょう。
かつてデカルトは、あらゆる書物を読んだのち、世界という書物を読み解くために旅に出ました。そして、有名な「我思う、ゆえに我あり」という命題を提唱するに至りました。皆さんにとって、大学院での学びがそのような旅のきっかけであることを切に願います。
(このエッセイは、早稲田大学英語英文学会 Newsletter No.36の巻頭言に加筆したものです。)